広島フードジョッキー

最近読み終わった「フードジョッキー その理論と実践」

これがまた、なかなかに痛快で面白い本だった。胸にガツンとくる名言が散りばめられていて、自分の思想、生き方に影響を与えそうな予感さえする。

フードジョッキーとは…
食物の選択を行い、料理方法を決定し、料理を実行することで、表現活動や空間演出を行う人たちのことを指す。

と、説明すると前々からあった言葉のようだが、実際は著者である行友太郎さん、東琢磨さんによる造語で簡単に言うとディスクジョッキー(DJ)のパクリである。
ターンテーブルをカセットコンロに、ディスクを食材に置き換え、食物を騎手が馬を乗りこなすように使用する人のことを指すのだそうだ。

活動内容としては、広島のインチキレコード屋「シャリバリ」にて創設されたシャリバリ地下大学(行友太郎さんがガクチョー)の読書会が発展し、フードジョッキー学部なるものが生まれ、以後様々な食材を持ち込みひたすら調理して食べ、語り合うというものらしい。

かなり怪しい。うさんくさい。でも気になる。
そして基本的な精神として「私たちは生きるために食べる」のではなく「食べるために生きる」のだ、と謳い「働かざるもの食うべからず」という言葉に代表されるような労働至上主義に対し嫌悪を示している。

「私たちは何故これほどまでに労働が嫌なのか。答えはこうである。退屈だからである。」
「とりあえず働くとか働かないとか、ああでもないこうでもないと言う前にすべての人に食物をよこすべきである。そのことが生の多様さを展開させる条件となるだろう。」
(本文p14-15参照)

この辺からしてもうツボなんだけど、この本の魅力は、これによって日本の食糧自給率や安全性の問題、フェアトレードの問題を真面目に話し合うような退屈なものに陥っていないこと。
今、自分たちの生きている現実を権力やしがらみから全くフリーな視点から語っていること。

「政治も、資本も、国家も、労働も、消費も、広告も、開発も、上からの復興も、上だけの国際交流も、そして戦争も、あらゆる暴力は私たちの食欲の核心を飼いならすことなどできはしない。
私たちの食欲の核心に応えることができるのは、私たちが私たち自身で作り分かち合う料理だけだ。」
(本文12p参照)

さらに札幌のHIPHOPグループ「THE BLUE HERB」のMCイルボスティーノの言葉を引用したり、毎回のBGMが記されていたり、音楽がらみのネタもあってその辺もツボった。
料理の名前でもある目次がこれまた愉快で、読書欲と食欲を刺激する。
「反労働の激辛チゲ風うどん」やら「明かしえぬ共同体煮込み」やら「存在者が存在から離脱する鍋」やら。

そしてこの本は広島で生まれたものであるが故に、私が生まれ育ってきた環境にリンクしているところが結構ある。
編集・発行人であるひろしま女性学研究所(旧:家族社)の高雄さんは私のホームグラウンドともいうべき「海農食酒 のら屋」にて何度かお会いしているし父との交流もあるはずだ。

広島のソウルフードとして紹介される、せんじがら(牛や馬の臓物を固くなるまで揚げたもの)や、でんがくうどん(ホルモンうどん・塩味)は小さい頃から大好物だった。せんじがらはホントにむちゃくちゃ固くて、旨味の塊みたいになったホルモンをしゃぶるようにして食べる。そんなに安くもないので(一袋700円)私にとっては贅沢なおやつだった。でんがくうどんはホルモンの出汁がよく効いていて、うどんの他にラーメンやにゅうめんもあった。西区の福島町に行けばなんなく食べれるが、住んでいた中区の舟入にも支店があってよく通っていた。
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調理にもよく使われ、キングオブインスタント麺との呼び声も高い辛ラーメンは今でも欠かすことなく常備している。宇品線沿いにあった韓国の家庭料理店「ソウル屋」(名前がちょっとあやふや)で売っていた牛骨スープのインスタント麺も大好きだった。「韓国のインスタント麺は世界最強」というFJの言葉に思わずうなづく。
舌が似ているようなので、本の中で紹介されている料理はきっと私好みであるに違いない。何と何を使ったとだけ記されたレシピとも言えない料理の紹介があるので、適当に真似して作ってみようと思う。


読み終わったあと、昔通っていた児童館で毎年行っていた「ごったに祭」というイベントを思い出した。
何がどうなって始まったのかよく分からないけど、同世代の子供たちでチマチョゴリを着て太鼓を持って踊ったことがある。バンドを組んで何故か水戸黄門の主題歌とスピッツの「チェリー」を演奏したこともある。近くに住む人がいらない物を持ち寄ってバザーをしていたりする。何かしら売り子として参加するのが恒例だった。(ごったに祭は数回で終わったけどバザーは今でも毎年やっている)

児童館は「キリスト教社会館」という名称だったが、キリスト教らしき活動をした記憶は全くない。
「ごったに祭」は「ごった煮祭」だったのだな、とわかってはいたけど改めて認識した。
周りの大人は、平和、差別、フェミニズム、食、環境など様々な問題について、何かしら活動している人たちばかりだった。(当時はよくわかってなかったけど)

こんな空気の中で過ごしてきた小中高時代だった。周りにやらされていた事もあるけど、楽しかったから社会館にもずっと通っていたのだ。
この本にビビッと反応してしまうのは多少なりともこういう環境が影響していると思う。
そしてこんな風に反応できる自分がちょっとだけ好きだったりもする。
「ああこんな風で良かったな」と、自分で選んだわけでもない環境に肯定的になれるのは、嬉しいことだ。

広島へ、いつかは帰る時のことも考えた。
そのとき何をしようか、今から少し楽しみだ。

とりあえず東京でも、美味しいものをもっともっと食べてみたい。
なるべく安く、なるべく楽しく。

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by nicolaus_92 | 2010-09-05 18:10 | 自分のこと